【結婚までの道のり】小学生時代 いじめられっ子から学級委員へ
市立小学校へ入学。
幼稚園と違って、1クラス40人位、先生の目は一人一人には届きにくく、
温室育ちの私は、40人の中の1人では、何もしないで注目を浴びるわけでもなく、それよりも、
一変して、いじめられっ子になってしまいました。
いじめられた時、先生に相談したかな~。
体育は好きではなかったので、力も強くはありませんでした。それでは喧嘩には勝てない。
そこで、どうしたらよいか考えました。
勉強は苦手ではなかったので、勉強しました。
そして、その成果が現れてきたら、
いじめっ子が、一変し、「勉強教えてくれる?」と聞きに来るようになり、いじめられなくなりました。
当時の私は喜びました。
3年生の時、クラス変え、
このときの女性の先生は、気に入られるとやさしいのですが、気に入られないと学校生活は苦痛の日々を起こる羽目になりました。
私は運良く気に入られましたが、家に帰ってしまってクラスメートを、
学級委員(副学級委員?)だった私は、もう一人の副学級委員(学級委員?)と連れ戻しに行ったり、クラス全体が緊張状態でした。
(そのクラスメートは転校してしまいました)。
この時、「どうやったら大人に気に入られるのか」を体感しました。
ガールフレンドが出来たか?と言うと、そういう興味はありませんでした。
1年間はあっという間に過ぎ、4年生の担任は、男性の先生で、体育系イメージの先生でした。
この頃になると、お互いに勉強や運動の出来る出来ない/出来ない人が判ってきて、
体育は苦手だったので、他の科目で頑張ろうと勉強をしていました。
しかし、5年生、6年生になるにつれ、成績が伸び悩んできました。
その頃から、「周りによく見られよう」、「成績が良いという体面を保つ」という方に意識が向くようになってきました。
少しですが異性への興味を持ち始めました。しかし、興味を持っても、話を出来ないうちに転校してしまいました。
習い事は、ピアノと習字。
ピアノは、ほとんどが女の子でしたが、異性として興味は湧きませんでした。
ピアノと習字は、習っていて良かったなと思いました。
学力と同性への興味に悩みながら、市立中学校へ入学。
中学では、再度いじめられっ子になってしまったという、危機的状況が起こりました。
つづく
幼稚園と違って、1クラス40人位、先生の目は一人一人には届きにくく、
温室育ちの私は、40人の中の1人では、何もしないで注目を浴びるわけでもなく、それよりも、
一変して、いじめられっ子になってしまいました。
いじめられた時、先生に相談したかな~。
体育は好きではなかったので、力も強くはありませんでした。それでは喧嘩には勝てない。
そこで、どうしたらよいか考えました。
勉強は苦手ではなかったので、勉強しました。
そして、その成果が現れてきたら、
いじめっ子が、一変し、「勉強教えてくれる?」と聞きに来るようになり、いじめられなくなりました。
当時の私は喜びました。
3年生の時、クラス変え、
このときの女性の先生は、気に入られるとやさしいのですが、気に入られないと学校生活は苦痛の日々を起こる羽目になりました。
私は運良く気に入られましたが、家に帰ってしまってクラスメートを、
学級委員(副学級委員?)だった私は、もう一人の副学級委員(学級委員?)と連れ戻しに行ったり、クラス全体が緊張状態でした。
(そのクラスメートは転校してしまいました)。
この時、「どうやったら大人に気に入られるのか」を体感しました。
ガールフレンドが出来たか?と言うと、そういう興味はありませんでした。
1年間はあっという間に過ぎ、4年生の担任は、男性の先生で、体育系イメージの先生でした。
この頃になると、お互いに勉強や運動の出来る出来ない/出来ない人が判ってきて、
体育は苦手だったので、他の科目で頑張ろうと勉強をしていました。
しかし、5年生、6年生になるにつれ、成績が伸び悩んできました。
その頃から、「周りによく見られよう」、「成績が良いという体面を保つ」という方に意識が向くようになってきました。
少しですが異性への興味を持ち始めました。しかし、興味を持っても、話を出来ないうちに転校してしまいました。
習い事は、ピアノと習字。
ピアノは、ほとんどが女の子でしたが、異性として興味は湧きませんでした。
ピアノと習字は、習っていて良かったなと思いました。
学力と同性への興味に悩みながら、市立中学校へ入学。
中学では、再度いじめられっ子になってしまったという、危機的状況が起こりました。
つづく
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